日本にもあった!「奇跡の経営」を実現するミクル株式会社 代表取締役 福井直樹氏
『奇跡の経営 一週間毎日が週末発想のススメ』(総合法令出版、2006年)という本をご存知でしょうか。ブラジルのセムコ社の経営者リカルド・セムラーの提唱・実践する一見信じ難い新しい働き方、経営の考え方について紹介された書籍です。社員数が3000名を超えるにも関わらず、組織階層や組織図すらなく、社員を管理しない、報告の義務もないなど、まさに奇跡と思ってしまうような会社ですが、、実は日本にもそんな会社が存在しました。
オフィスレス、社員は日本全国、世界各地を拠点とし、休暇取得も自由という独特の経営体系で増収増益を続けている、ミクル株式会社です。今回は、そんなミクル社代表取締役福井直樹さんとともに、同社の先進的な取り組みについて伺いながら、そもそも働くこととは、組織のあるべき姿とは、について考えました。
マンション購入失敗の経験からコミュニティ事業立ち上げへ
松林大輔(以下、松林) まず、ミクル株式会社の事業について教えてください。
福井直樹(以下、福井氏) いまは様々な事業を展開していますが、会社のもともとのサービスになったのは、”マンションコミュニティ”という新築マンションを購入される方のための口コミサイトです。2001年に立ち上げました。当時はやっと、物件を探すためのWEBサイトが使われはじめてきた頃で、マンションの口コミサイトは他にありませんでした。
おかげさまでこの”マンションコミュニティ”は、マンション購入を検討される方が1度は購入前に見てくださるサイトにまで成長しました(「CGM時代のマンション購入行動に関する研究」リクルート住まい研究所)。
松林 でも、どうしてマンション購入というトピックに目をつけたのですか?
福井氏 実は、僕自身マンション購入に失敗したからなんです、、、。当時、1つの階に3戸のマンションの1戸を購入したのですが、3戸とも泥棒に入られたんです。このとき、妻が部屋にいて鉢合わせしてたかもしれないと思うと、、、(苦笑)
松林 それは恐怖ですね、、考えるだけで私もぞっとしてしまいました、、。
福井氏 この体験談は利用者さんには一切公言したことは無いのですが、この経験によってマンション購入に「こんなリスクが眠ってたのか!」と初めて知ったんです。鉢合わせしてなくても、そういうことがあると、その後も安心して住めなくなるというリスクがあるんですよね。当時はマンション購入に関する情報は紙媒体で読者の声として1ページくらいしかない頃です。それだけの情報で、大きな買い物をするのが当たり前だったんですね。
しかも、泥棒に入られること以外にも、住民間でのトラブル、役員や理事会での争いとか、マンションを買うとなぜか転勤が決まるっていう話もやっぱりある(笑)
購入前に、ユーザーが私たちのサイトにアクセスして、リアルな情報を確認して判断の参考にしたり、不動産の売り手サイドが不正をしないための抑止力になればいいなと思っています。
日本の「非常識」を「常識」に
松林 御社のWEBサイトには、「非常識を常識にしたい」というメッセージがあります。会社の設立当初から、新しい働き方のイメージを明確に持たれていたのですか?
福井氏 非常識と言っても、日本でいう「非常識」っていうのが重要だと思うんです。日本は、家族の優先度は仕事の次に来るっていうのが常識ですよね。でもこれは世界でみたら、とても稀なこと。まずはこの日本の「常識」を変えたかったんです。
松林 確かにそうですね。弊社もタイ法人があるのですが、やはり第一優先は家族です。日本では、仕事の事情にすべてを合わせなくてはならない構造が固定化してしまっていたなと気づかされました、、。
福井氏 私たちの発想としては、家庭が安定していたら、仕事もちゃんとやろうとするんじゃないかな?ならば、家族を幸せにするためには、どんな働き方があっているかな?と考えてみたときに、「時間や場所に縛られないことが必要だ」という結論になったんです。
「オフィスレス」を取り上げていただくことは多いのですが、私たちとしては逆の発想なんです。どこに住みたいから、子供がどこの学校にいきたいから、親がどこにいるから、、、という基準で、働く場所を決めたほうが幸せなんじゃないかと。
いつかオフィスもいるんじゃないかと思ってやってきましたが、結論としては、オフィスを持たないほうが効率がいいですね。
オフィスレスの会社の働き方とは?
松林 オフィスはなく、社員の拠点は東京、大阪、沖縄などさまざま。先月は福井社長自身もハワイに滞在されていたとのことですが、実際に普段はどのような働き方をされているのですか?
福井氏 うーん。うちの場合、中心メンバーが10人いて、それぞれが違う事業をやってるんですね。その先にも働いている人がいるんですけど、採用も働き方も全部任せているので実際のところはよくわからないんです(笑)
松林 従来のマネジメントの思考とはかなり異なりそうですね、、。では、全体では何人の方がミクルで働いているんですか?
福井氏 ・・・。(沈黙) 国内外で130人くらい、って話はあるのですが、正確にはわかっていないんです。ミクルの中にプチ会社と社長のまとまりが10くらいあって、それぞれの裁量でプチ会社が回っているイメージをしてもらうと分かりやすいかもしれません。
松林 10名の中心メンバーより先の階層の雇用形態はどうなっているのですか?
福井氏 雇用形態の判断も中心メンバーに任せていて、会社からの業務委託、という形態が一番多いです。ミクルとしては、コアタイムもなければ、休暇取得も自由です。子どものいる社員はみんな、保育園の送迎など家庭での役割もあるし、自由に時間をやりくりしていて、夜中にメールが来ることも多かったです。
松林 休日や夜間など私生活の時間に仕事の連絡をすることについて、「つながらない権利」という言葉も聞かれるようになりましたし、当社でも議論になったのですが、社内で反対意見などは出なかったですか?
福井氏 ないですね。僕らの場合「返信する義務はない」という考え方を共通して持っていますし、夜は業務連絡の通知がこない設定をしています。ただ、、、僕は社長だけども会議にも呼ばれないし、相談もされない。1番メールをくれるのは楽天!というくらいなので(笑)、把握していないだけかもしれません。
休暇自由!ノルマなし!副業OK!ユニークな働き方を支える制度
松林 社員さんそれぞれが大きな裁量を持っていますが、面白い制度も合わせて作っていると聞きました。具体的にはどのような制度をお持ちなのでしょうか。
福井氏 休暇は自由ですね。ノルマもないんです。副業もしていいし、自分で別の会社を作ってもいいんですよ。実際、会社持ってる人は多いです。それから、賃料10万以下という縛りはありますが、アトリエ制度もあります。オフィスがないからこそ家族が立ち入らない自分だけの城を持つ、っていうのがいいみたいです。もちろん、その時の最適な場所で仕事したいっていうメンバーもいるので、全員が持っているわけではないんですけどね。
それから、結婚してなかったり、彼女がいない人は、仕事より先に彼女を作る「彼女必須」というルールがあります。
松林 「彼女必須」というルールを作った理由を聞いてもいいですか?
福井氏 自分のために仕事するなって考えが元になっています。自分のこうしたいっていう思いだけでは限界があるし、長続きしないと思うんです。特に僕たちは全てのサービスが無料提供。利用者の方に助かったと思ってもらうようなサイトやサービスを運営しています。無料であっても色々と苦情もお叱りも受けます。そんな不条理な立場だと提供者自身が心穏やかで無ければ務まらないのです。幸せを求めていると僕も含め中心人物の10名はみんな結婚していて、いまは子どもの数のほうが多いですね。
繋がりの採用と、長い目で成長を見守る文化
松林 会社の文化を保つために、採用も大きな要素ですよね。どんな採用方法を取られているのですか?
福井氏 採用には、いずれかの社員が「一緒に働いたことがある」または「何年も友達関係を続けている」という条件があります。僕らの場合、10年間誰もやめなかったので一定の成果があったと思っています。採用したメンバーが退職しないので、会社側は安心して人材に投資できますし、メンバー側から見れば、あまりにも会社が自由なので、ミクルを知ってしまうともう辞められなくなるのでしょう(笑)
松林 入社したメンバーが、うまく文化に馴染めなかったり、不和が生じたこともなかったのですか?
福井氏 ありましたね。やはり認識が合わないと、なんだかんだ疑心暗鬼をきたすので、ここを打破するのが大変。仕事って、頑張ったら頑張っただけ結果が出ればいいけど、そうでないことも多いじゃないですか。能力差もあって当然なので、最初はできない人もいるわけで。
でも、辞めさせる事例が1つでもできてしまうと、みんな「いつか自分もそういうときが来るかもしれない」って思ってしまうでしょう?そうなると会社の仕組みが成り立たなくなってしまう。1~2年見て結果がでなくても、3~4年は見とかないと、と思ってます。実際、長い目でみたら、最初は結果が出ない人も確実に成長はしている。それに、、、貢献したくなるもんなんですよ。そのほうが価値があると思っています。
「補完することができること」の優位性を共通認識に
松林 10名ほどの中心人物がプチ会社の社長として、各事業を受け持っているという話がありましたが、事業間での共創・協働はありますか?
福井氏 事業間での連携はほとんどありません。ミクルという会社の事業全体を僕だけが見ていて他には全体を知る人はいません。お金の心配をせずに自分の担当する事業に注力できるようにするためです。スタートしてから10年になるけれど、まだほとんど利益が出せていないサービスもあります。
松林 となると、当然経営者としては撤退を決めるケースもありますよね。どうやって決定しますか?
福井氏 撤退というか、解散または再度新しく立ち上げるかを検討する、という感じです。決めるのは僕でもなく、中心人物だけでもなく、会社全体で決めますね。スコアリングシステムを使って、将来的に手がけるべき新規事業の検討も併せて、既存事業の優先順位をつけています。
松林 解散の対象になった事業を担当していた人は、どうなるのですか?
福井氏 まず、他の会社とは違う点があって、、、そもそも事業責任者を固定していません。
例えば、新規事業の立ち上げに成功した担当者よりも適任者が他にいれば、担当をチェンジすることは結構あります。なぜかというと、みんなが各事業に精通していれば、もし担当者が病気になっても会社はまわるじゃないですか。
もともとやっていたことと別の事業を担当することは、ある意味非効率ではあるけど、いざというときにも機能するよう何重にもバックアップされることで、僕を含め、全員が誰がいなくなっても大丈夫なように設計されているんです。
松林 確かに会社としては誰でも対応出来る状態が望ましいですが、スタッフとしては、その仕組みが脅威とも認識されかねないですよね?多くの会社が苦労しているポイントかと思います。
福井氏 確かにサラリーマンは「自分がスイッチされたら困る!」と考えると思います。自分の礎を築いて、自分にしかできないことをするのが大事じゃないですか。でも僕らの会社はそれではだめなんです。いつでもスイッチできるようにしておくことこそ、働きやすいミクルという会社を存続させるために必要だと、メンバーも認識してくれています。
松林 どのように共通認識を持てるようになったのですか?
福井氏 意識しているのは、オフィスレスであっても実際に会う機会をつくるということです。月に1回は会うようにしていて、ネット上ではできないこと、例えばスポーツなんかを一緒にやります。そうやって信頼関係を醸成して、仲間になっていくことが重要だと思っています。
ミクルが目指す10年後の未来とは?
松林 では最後に、、AIなどの技術が急速に社会へも浸透してきていて、新しい働き方への希望とともに、焦りを覚えている人も多くいます。福井社長の考える10年後の未来像はどのようなものですか?
福井氏 メンバー全員の自立ですね。全員が、ひとりひとりがミクルを作っている状態を実現したいと思っています。今も変わりませんが、持たざる者が持っている者に勝てないのは当たり前のところを、持たざる者が勝てる仕組みを考えていく。そんな仕組みで社会を変えていきたいと思っています。
●プロフィール
福井 直樹(ふくい・なおき)
1971年、大阪市生まれ。新卒でNTTに入社後、1997年、NTT時代に出会った2人とともにITベンチャーを創業。2000年に楽天に事業を売却。2001年、マンション購入者向け口コミサイトなど多事業を立ち上げる。2005年、ミクル株式会社を創業し、代表取締役就任。オフィスを持たず、休暇取得も自由、、と言う独特の経営体系で、これからの新しい働き方を体現している。
●会社概要 ミクル株式会社
設立 2005年10月
代表取締役 福井直樹
事業内容 掲示板サービス運営、不動産コミュニティ運営、ブログパーツ提供
Webサイト http://mikle.co.jp/