「世界が憧れる九州を創りたい」 有限会社一平 代表取締役 村岡 浩司氏
大きな資本が集中しがちな都市部ではなく、あえて地域で働きたい、生活をしたいというニーズは年々高まっているように感じます。その理由は、自分の生まれ育った町が好きだから、働きがいや生きがいといった豊かさを求めて、もしくは家族の介護や育児と仕事の両立のため、自然の豊かな環境で子育てがしたいから、などさまざまです。ただし、「地域」で働きたい、と思っていても、働き口がない、働く条件が柔軟ではない、といった課題があるのも事実です。
そんななか、約20年もの間、ビジネスを通して九州を元気にすることに全力を注いできた有限会社一平 代表取締役の村岡浩司氏にお話を伺い、「地域」で働くことについて考えました。
「九州しか興味はない」それぞれのエネルギーが日本を元気にする
編集部 まずは、村岡さんが宮崎、九州でビジネスをされるようになった変遷について聞かせていただけますか?
村岡浩司氏(以下、村岡氏) 私は九州の宮崎で生まれ育ったのですが、18歳のときにアメリカに留学しています。留学っていうとかっこいいけれど、家業を継ぎたくなくて、言ったら逃げたようなものです。留学中に起業をして、その後、宮崎に帰ってきてからも事業をしていたのですが、28歳の時に失敗も経験しました。それからは、家業の寿司屋で職人をやっていました。
32歳のときにはタリーズのフランチャイズ展開を始めたんですが、その頃に周りの先輩に誘われて「まちづくり」の取り組みもするようになりました。年間300回くらいのイベントを仲間たちと共にやっていた時期もあります。
編集部 300回もですか!それはすごい数ですね。
村岡氏 そうですね。ただ、それでもなかなか商店街って元気にならないんですよ。イベントはやればやるほど終わりがない。30代の前半から約10年、人生をかけて一生懸命やってきたことの結果がでないとなると、いつしか自身の非力に失望もしました。
若者が中心となって新しい取り組みをやろうとすると、時には世代間の壁にぶつかることもあります。そんな課題にぶつかったりすると「なんで分かってくれないんだ」「世代が違うからわからないんだ」と葛藤がありました。ただ、それは、分かってくれないんじゃなくて、分かってもらえるだけの説得力が自分にはなかったんだと、あるとき気が付いたんです。それは伝え方だったり、取り組みの内容や実現力だったり、自分には分かってもらうだけの説得力が足りなかったと。
この頃の自分自身への悲観と失望は、その後の取り組みの根源にもなっています。
編集部 すごくアクティブに見える村岡さんなので、悲観と失望という言葉は意外でした…。アメリカに留学を経験されたあとは、宮崎に戻られていますが、やはり地元である宮崎に愛着があったのでしょうか?
村岡氏 よく「宮崎愛でビジネスやってますよね」って言われるのですが、実は宮崎だけでやっている訳ではなくて。ずっと宮崎という ”ローカル” を元気にしようとやってきたけど、一度大きな敗北感を味わっているので、ここからさらに宮崎へのこだわりだけを突き詰めるだけではだめだと思ったんです。
そこでそれからは、もう少し大きな視点での ”リージョナル=地域” ブランド、すなわち九州を一つの島としてエリアで捉えることを表現したいなと思って、いまやってるんですよね。
九州の素材だけを使うことにこだわった九州パンケーキ(※1)は、やがて多くのアワードやメディアの後押しをいただくまでになりました。ただ、発売当初は、実は「村岡さん、それ九州パンケーキじゃなくて、宮崎パンケーキだったらお手伝いできますけど」と県庁の物産担当者に言われた時代もあって。
県と県の間って、壁があるわけではないですよね。しかし、行政に頼って物作りをしたり助成金を頼りにしてPRをしようとすると、どうしてもそうした行政区の見えない壁の中に閉じざるを得ないことがあります。でも、本当は、民間の経済にとっては県境なんて意識せずに、ボーダーレスに立ち回った方が良い場合もあると思っています。
編集部 そうなのですね。「宮崎がこうなってほしい、宮崎のひとたちにこうなってほしい」という思いで事業をされているのだというイメージがありました。
村岡氏 特に、こうなってほしいといったことはありませんね。あくまでそれぞれの立場で地域を考えればいいと思っています。
ただ、ビジネスとしてはボーダーはないと思っているんですが、地域への想いみたいなところでは、「九州人」は独特ですよね。この地域への帰属意識は強くありますね。僕自身は今では、九州以外は興味がありません(笑)。 人間ってやっぱり生まれたところに紐づいているんでしょうね。一番居心地がいいと感じるところに。それが僕にとっては「九州」であり、この大きな島全体を自分の故郷だと思えるようになりました。
僕には「日本中を元気にしたい」という大きな理想はありません。九州にしか興味がないんだから、素直に、地元である九州だけを守っていきたい。地方に住む方々はみんな自分たちの“持ち場”とも言える故郷があります。「私は北海道しか興味ない」とか「僕は東北が好きだ」「福島を元気にしたい」とか、それぞれが自分の持ち場を意識して地元を盛り上げたいというエネルギーがある。地方に住む一人一人が自分の地元を守って元気にしたいと願うからこそ、日本全体が元気になるんだと思うんですよね。
豊かさは誰が決めるのか
村岡氏 地方創生のイベントに呼ばれて登壇することもあるのですが、まちづくりを頑張っている人って、100%共通していることは、その町が好きで、打算なく自分の持てる時間や能力を差し出してその町を豊かにしようと思っていること。
確かに人口の少ない町って、人口減少や働き手の不足、働く場所の問題など、地域課題を抱えています。ただ、それを外側からみて、大変だなと評価するのは違うと思う。自分たちが豊かだと感じていれば、それでいい。それぞれのあり方があるじゃないですか。主体評価であるべきで、相対評価ではなくてもいいですよね。
自分たちの主体評価を判断軸に置けるようになると、地域の暮らしは豊かになっていくと思います。
編集部 なるほど。あくまで豊かさを決めるのは、その地域の人たちだということですね。村岡さんとしては、九州という地域で、リージョナルブランドを築こうとされているということで、これから具体的にどのような展望を持っていらっしゃるのでしょうか?
村岡氏 九州を世界に売っていきたいですね。
例えば、世界に「羨ましい」「行ってみたい」って感じる場所ってありませんか? ITのビジネスをやっていて、シリコンバレーに住んでいる人と出会ったら、「ああ、すごい。羨ましいなあ」と感じたり、「私も行きたいなあ」と思ったりすると思うんです。
私は食の人間ですから、例えばスペインのサン・セバスチャンで食でまちづくりやっていますという人に出会ったり、アメリカのシアトルでカフェを起業したんですと聞いたりしたら、きっと同じように感じるんですよね。
では、日本の地方都市はそうなっていますか?と。海外に行って、どこから来たの?と聞かれて”KYUSHU(九州)”と答えた時に「いいなあ、羨ましいなあ」って言われるような地域にしたいですね。いつの日か、世界が憧れるような場所、それが「九州」になると素敵だな、といつも思っています。
小さな組織・地域からイノベーションは生まれる
編集部 「地域おこし」といった言葉が語られる時、行政と民間企業の取り組みも注目されたりしますが、村岡さんはどのように捉えていらっしゃいますか?
村岡氏 共同地方行政でも官民の「協働」が大切だとよく言われます。でも、うまくいっていないケースも多くあると思うんです。どうしてだと思いますか?
編集部 パワーバランスの壁があるからでしょうか…?
村岡氏 そうですね。いわゆる協働、コワークというと、関係性がイコールであることが前提です。プロジェクトを立ち上げるとしたら、立ち上げのプロセスから一緒にやらないと意味がない。
ただ、ほとんどの場合は、官が協働する範囲をあらかじめ決めてしまっています。民間に関わってもらう範囲をあらかじめ決めてしまってから、「協働した」「意見を聞いた」という実績を作るためだけに、民間の意見を伺う座談会やワークショップを企画しましょう、などといった形で。
やはり、本気で胸襟を開いて掛け算しないとイノベーションって起こらないんですよ。
編集部 確かに、官が持っているイメージが足りない部分を補うためのパーツになってしまうと、イメージ通りのものしかできませんね。
村岡氏 すでに存在する素材を、新しい概念で、新しいチームで再結合して、新しいマーケットを目指す。新しい掛け合わせをするときに生まれる、まさに偶発性を生み出して行くことがイノベーションですよね。その偶発性が求められるのは行政の現場でも、民間の新規事業でも同じだと思うのです。日本が直面する人口減少、縮小社会の中では、過去の経験則に頼るのではなくて、未来志向で生み出す未来が大事。
例えば九州パンケーキが、なぜ生まれたのかというと、そこにはシンプルで基礎的なイノベーションの手法が存在したからだと思っています。僕らは何も新しい発明をしたわけではありません。主原料の小麦や、赤米、黒米、きびも、ずっと九州に昔からあったもの。ただ、それを新しい概念で掛け合わせた。すなわちパンケーキミックスというこれまでに無かったプロダクトとして再編集することで、新しいマーケットに発信できたんです。
中小企業が目指すべきは、巨額な研究開発費を伴うような「発明」ではなくてもいいんです。もともとある素材を斬新なアイデアで掛け算する。柔軟な発想で機動力を持って動ける小さな組織ほど、地方ほど、イノベーションは生まれやすいし、面白いと思っています。
編集部 小さな組織の方がイノベーションに優れているということですか?
村岡氏 はい。例えば、大企業の担当者が僕らの九州パンケーキを企画したとします。社内でのプレゼンで、担当者が売上規模と開発にかかる想定期間なんかを聞かれて「予想売上は2億円で、準備期間は3年くらいでしょうか」と答えたとしたら、きっとその企画は通らないでしょう?年商数千億円の大企業においては、予想売上がたったの2億円では、それは、いわば年商の誤差の範囲です。そんな小さな事業のためにチーム5〜6人を取られて、3年もかかるとなると、「やるべきではない」という判断になると思います。でも、僕らのような小さな会社ならやれる。それは未来を切り開く新しいきっかけになる、大きな可能性に溢れた新規事業ということになります。
宮崎市の南隣にある人口5万人の「日南市」は、まさしく民間と行政がフラットに議論してまちづくりの施策を実行したことで「奇跡の商店街」と呼ばれるほどのイノベーションを巻き起こしています。僕は、私たちのような小さい組織や地域に可能性を感じているんです。
地域ビジネスのいま
編集部 村岡さんは、MUKASA-HUB(※2)なども運営されていて、若手の起業家との話をする機会なども多いと思いますが、20年近く、宮崎、九州という地域でビジネスをされてきて感じる、最近の地域ビジネスの特徴などはありますか?
村岡氏 社会課題にダイレクトにアプローチするようなビジネスが増えている気がしますね。日本が高度成長をしていた1980年代〜90年代くらいの頃は、いかにマーケットシェアを奪うかという規模の経済が求められていましたが、最近は、社会課題解決型のスモールベンチャーも増えている気がします。新しいテクノロジーを農業やまちづくり分野に生かして、より良い地域の未来を切り開いていきたい、そう考える若者たちを頼もしく感じていますし、注目しています。
先ほど官民の話が出ましたが、社会課題を行政だけで考える時代は終わりました。あらゆる分野において「課題を解決できる人」が取り組んだらいいと思うんです。それを行政や金融機関を含めた地域全体が後押ししていく。
もともと地域でのビジネスって、できる人ができることをやる。そうやって大きくなってきたのだと思います。行政は余計な民間介入をせずに、シンプルなマーケットの原理原則に戻るということですね。
社会課題に根ざしたビジネスは、官民の垣根なく応援して育てていく。地域で頑張るヒーローのような存在を大事に育てていかなくてはいけない。チャレンジする者の背中をそっと押すような社会機運がもっと広がったら良いですね。
※1 九州パンケーキ
村岡氏が代表である有限会社一平が手がける地産プロダクト。
全国のスーパー、小売店での販売を拡大している他、海外では、台湾に2店舗、シンガポールに1店舗のカフェを展開。『第1回地場もん国民大賞』金賞、『第1回九州未来アワード』大賞、『料理マスターズブランド』 認定など、受賞歴多数。
※2 MUKASA-HUB
村岡氏が代表を務める、宮崎市郊外の高岡町穆佐(むかさ)地区で移転廃校となった小学校をリノベーションした、新しいコンセプトのコワーキングスペース。MUKASA-HUBのビジネスコミュニティー(ネットワーク)を通じて、九州(宮崎)の地域創生に取り組む。
後編へつづく:
地域ビジネスの先端で、これからの働き方を考える 有限会社一平 代表取締役 村岡 浩司氏
●プロフィール
村岡浩司(むらおか・こうじ)
宮崎大宮高校卒業後、米国(COLORADO MESA UNIVERSITY/コロラド州)に留学。多数の飲食店店舗を経営する一方、様々な地域貢献活動(まちづくり)、食を通じたコミュニティ活動にも取り組んでいる。地産プロダクト「九州パンケーキ」は、アジア全域でのグローバルブランドとしての展開を目指し奮闘中。『第1回地場もん国民大賞』金賞/『九州未来アワード』大賞/『料理マスターブランド』/ EOY 2017 Japan九州地区予選ファイナリスト。廃校をリノベーションしたコワーキングスペース MUKASA-HUB(ムカサハブ)の代表も務める。
●メディア出演
カンブリア宮殿、夢職人、日経プラス10、日経ビジネス他多数/ローカルイノベーター55選、日本を元気にする88人(フォーブスJAPAN)に選出。2018年4月『九州バカ 世界とつながる地元創生起業論』(発行:文屋 発売:サンクチュアリ出版)を出版。
●会社概要 有限会社一平
設立 1996年9月
資本金 15,000千円
代表取締役 村岡 浩司
事業内容 飲食店経営、食を通じたコミュニティづくり
関連サイト 九州パンケーキ MUKASA-HUB